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新潟大学 研究Discovery Saga
2025年11月18日

ドーパミンD2受容体のD2 short型サブタイプ発現量の上昇は、アルコール報酬や依存性行動を増強させる

【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
ヒトにおけるD2Rスプライシング異常やCB1R/CB2R発現多型の解析を通じて、アルコール使用障害の個別化治療への応用が期待
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域生物学工学総合生物農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
行動実験/動機づけ/性行動/運動制御/資源開発/シナプス/チロシン水酸化酵素/神経活動/線条体/薬物依存/酸化酵素/リン酸/嗜好性/免疫系/アイソフォーム/グリア細胞/ニューロン/個別化治療/細胞内シグナル/治療標的/神経機能/選択的スプライシング/mRNA/アルコール/ドーパミン/可塑性/神経可塑性/神経伝達物質/RNA/カンナビノイド/グリア/シナプス可塑性/スプライシング/マウス/モデル動物/受容体/神経回路/神経細胞/遺伝子/遺伝子発現/生理学

2025年11月17日

発表概要

テキサス大学タイラー校のYanyan Wang准教授、Mohd Tayyab博士、Anetta Ninan博士、新潟大学脳研究所動物資源開発研究分野の笹岡俊邦教授、齊藤奈英技術職員(当時)、モデル動物開発分野の阿部学准教授、新潟大学の﨑村建司名誉教授らのグループは、ドーパミンD2受容体(D2R)を介したシグナル伝達に着目し、アルコールへの反応における役割を調べました。
 D2Rは、メッセンジャーRNA(mRNA)の選択的スプライシングにより、D2ロング型(D2L)とD2ショート型(D2S)の2つのアイソフォームが生成されます。D2LとD2Sの発現量の違いがアルコール使用傷害に影響を与えるかを調べるため、D2LまたはD2Sのみを発現するノックアウト(KO)マウス (図1) を用いて、D2LとD2Sいずれかの発現量の変化が、報酬関連行動および関連するシグナル伝達経路におけるアルコール反応に影響を与えるかを調べました。
 その結果、D2L KOマウス(D2Sのみを発現)は、野生型(WT)マウス(D2L発現量がD2S発現量よりはるかに多い)およびD2S KOマウス(D2Lのみを発現)と比較して、強いアルコール条件付け場所嗜好性(CPP)を示すことがわかりました。アルコール曝露は、D2L KOマウスの線条体においてカンナビノイド1受容体(CB1R)の発現を抑制し、カンナビノイド2受容体(CB2R)の発現を上昇させましたが、WTおよびD2S KOマウスではこの変化は見られませんでした。さらに、アルコール曝露はD2L KOマウスにおいて選択的にAktリン酸化を減少させました。さらに、チロシン水酸化酵素(TH)、Arc、およびresistin (RETN)の遺伝子発現も、慢性アルコール曝露後のD2L KOマウスにおいて選択的に減少しました。
 今回の研究結果は、D2S対D2Lの発現量の変化が、線条体におけるアルコール誘発性報酬および遺伝子発現変化に影響したことを示します。これらの知見は、D2S対D2Lの発現量の上昇が、おそらくカンナビノイド-Aktシグナル伝達経路および関連シグナル伝達ネットワークにおける一連の変化を誘発することにより、アルコール依存症を発症する病態生理学的メカニズムである可能性を示唆しています。


図1:D25 KOマウスの作製

研究のポイント

 本研究は、ドーパミンD2受容体(D2R)の2つのスプライスバリアント、すなわち長鎖型(D2L)と短鎖型(D2S)がアルコールによる報酬効果や関連シグナル伝達に果たす役割を明らかにしました。新たに作出したD2S欠損マウス(D2S KO)(図1)および既存のD2L欠損マウス(D2L KO)を用いて、アルコール曝露に対する行動反応および神経分子応答を比較した結果、D2L KOマウス(D2Sのみ発現)では顕著なアルコール報酬行動 (条件性場所嗜好:CPP) を示したのに対し、野生型(WT)およびD2S KOマウスではその傾向が見られませんでした (図2)。また、D2L KOマウスでは慢性的アルコール投与後にカンナビノイド受容体CB1Rの発現低下、CB2Rの発現上昇、Aktリン酸化の低下が観察され、さらにドーパミン合成酵素(チロシン水酸化酵素TH)、Arc、RETN遺伝子の発現低下も生じました (図2)。これらの結果は、D2S/D2L発現量比の上昇がアルコール報酬の増強やシグナルネットワークの変化を引き起こすことを示唆しており、D2Rスプライシングの異常がアルコール依存の病態基盤となる可能性を示しています。


図2:研究成果の要約図

Ⅰ.研究の背景


 アルコール依存症は世界的に深刻な健康問題であり、報酬学習におけるドーパミンニューロンの異常がその病態の中核とされています。特にドーパミンD2受容体(D2R)は、アルコール摂取量の個体差や依存傾向を決定する要因の一つと考えられています。ヒト脳の画像研究では、慢性的アルコール摂取により線条体のD2R発現が減少することが知られていますが、その分子基盤は不明でした。D2R遺伝子は選択的スプライシングによりD2SおよびD2Lという2種のアイソフォームを生成しますが、これらの機能的差異がアルコールの影響にどのように関与するかはこれまで不明でした。また、D2Rはカンナビノイド受容体系やAkt経路と密接に相互作用し、報酬学習や依存形成に関与することが報告されています。したがって、D2Rアイソフォームの発現量比の変化がこれらのシグナル系に与える影響を明らかにすることは、アルコール依存の分子的理解および新規治療標的の探索において重要です。

Ⅱ.研究の概要・成果


 D2S KOおよびD2L KOマウスを用いた比較解析により、D2Sの過剰発現(D2L欠損状態)がアルコール報酬行動を著しく増強することが明らかになりました (図2)。D2L KOマウスでは慢性アルコール曝露後にCB1Rの発現が低下し、CB2Rの発現が上昇するという対照的な変化が認められました (図2)。さらに、Aktリン酸化(Ser473)が有意に減少し、神経可塑性関連遺伝子Arcおよびドーパミン合成関連酵素のTH、さらにアルコール渇望関連分子RETNの発現も低下しました (図2)。これらの変化はWTおよびD2S KOマウスでは観察されませんでした。これらの結果は、D2S発現量が優位の状態がカンナビノイド−Akt経路を介して報酬関連シグナル伝達を変化させ、アルコール報酬や依存性行動を増強させることを示しています。また、D2L欠損による運動協調性低下も観察され、D2Lの運動制御機能の重要性も確認されました。

Ⅲ.今後の展開


 本研究は、ドーパミンD2受容体のスプライシングバランスの変化がアルコール依存の形成に影響することを初めて明確に示した。今後は、D2S/D2L比の変動が他の薬物依存(コカイン・オピオイドなど)においても同様の影響をもつかを検証することが求められます。また、D2Rスプライシング制御機構を標的とした治療戦略、あるいはD2S優位化に伴うカンナビノイド−Aktシグナル異常を補正する薬理的介入の可能性も検討が必要です。さらに、ヒトにおけるD2Rスプライシング異常やCB1R/CB2R発現多型の解析を通じて、アルコール使用障害の個別化治療への応用が期待されます。これらの成果は、依存症の分子的背景の理解を深化させるとともに、新たな治療標的の発見につながる可能性を示しています。

Ⅳ.研究成果の公表


 本研究成果は、2025年11月15日、科学誌「Addiction Biology」に掲載されました。
論文タイトル Dopamine D2S/D2L Receptor Regulation of Alcohol-Induced Reward and Signaling
著者 Mohd Tayyab, Toshikuni Sasaoka, Manabu Abe, Nae Saito, Kenji Sakimura, Anetta Ninan, YanYan Wang*
doi 10.1111/adb.70093

Ⅴ.謝辞


 本研究に技術的支援をいただいたモデル動物開発分野技術専門職員の夏目里恵氏と動物資源開発研究分野特任助手の佐々木綾音氏に感謝します。本研究は、テキサス大学システム(802-1306)のFaculty Science and Technology Acquisition and Retention AwardおよびUT Tyler Office of Research, Scholarship, and Sponsored Programs(YW)の資金提供を受けて実施されました。また、新潟大学脳研究所国際共同研究プロジェクト研究費(G2906、G202004、G202301)、 JSPS科研費 JP 16H06276、22H04922(AdAMS)、AMED JP23dm0207091h0005(TS、MA、KS)の支援を受けました。

用語解説

(注1)ドーパミンD2受容体(Dopamine D2 Receptor; D2R):脳内で神経伝達物質ドーパミンの信号を受け取る受容体の一種で、報酬・動機づけ・運動制御などに深く関わる。遺伝子のスプライシングによって、長鎖型(D2L)と短鎖型(D2S)の2種類のアイソフォームが作られる。これらは局在や機能が異なり、依存症の感受性にも影響を与えると考えられている。
(注2)アイソフォーム(Isoform):同じ遺伝子から、スプライシングなどの過程を通じて生成される構造や機能の異なるタンパク質のこと。D2受容体の場合、D2LとD2Sが代表的なアイソフォームであり、それぞれ異なる神経機能に関与する。
(注3)条件性場所嗜好(Conditioned Place Preference; CPP):報酬効果を評価する行動実験法。動物が特定の環境と快感刺激(薬物など)を結びつけて記憶するかどうかを測定する。アルコールや薬物の「報酬価値」を定量的に評価できる。
(注4)カンナビノイド受容体(Cannabinoid Receptors; CB1R and CB2R):カンナビノイド受容体は、脳内および末梢に存在する受容体で、エンドカンナビノイド(体内で作られるカンナビス様物質)によって活性化される。CB1Rは主に脳内の神経細胞に、CB2Rは免疫系やグリア細胞などに多く存在する。ドーパミン系と相互作用して、報酬や依存行動を調節する。
(注5)Aktリン酸化(Akt Phosphorylation):Aktは細胞内シグナル伝達に関わる酵素で、リン酸化(化学的な修飾)によって活性化される。神経可塑性や細胞生存、報酬学習に関与する。アルコールやドーパミン受容体の刺激により、その活性が変化する。
(注6)チロシン水酸化酵素(Tyrosine Hydroxylase; TH):ドーパミンを合成する際の律速酵素で、チロシンからL-DOPAへの変換を担う。アルコールや薬物への長期曝露により発現が変化し、ドーパミン産生量を調節する。
(注7)Arc遺伝子(Activity-Regulated Cytoskeleton-Associated Protein):神経活動依存的に発現する遺伝子で、シナプス可塑性(学習・記憶の基盤)に重要な役割を果たす。アルコールや薬物依存により発現が変化し、報酬学習の強化に関与する。
(注8)ドーパミン報酬系(Dopamine Reward System):脳の線条体や腹側被蓋野(VTA)を中心とする神経回路で、快楽や動機づけ、学習などを制御する。アルコールや薬物の摂取によりドーパミン放出が増加し、依存形成につながる。

研究分野


動物資源開発研究分野
モデル動物開発分野