\カテーテルで脳活動計測/ 微細な脳血管の中から計測した脳波の有用性を実証
血管内電極で低侵襲的に多領域の脳波を計測する新技術
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | てんかん治療の精度向上や、麻痺患者の意思伝達・運動補助を可能にする次世代ブレインマシンインターフェースの実用化に大きく貢献 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
インターフェース/オープンアクセス/情報学/医療機器/脳活動/ブレイン/カテーテル/脳活動計測/マイクロ/周波数/医工学/視覚誘発電位/生体医工学/運動野/マッピング/ステント/合併症/頭蓋骨/脳科学/脳神経外科/誘発電位/EEG/ブレイン・マシン・インターフェース/運動機能/筋肉/体性感覚/電気刺激/てんかん/パーキンソン病/脳機能/手術/神経疾患/精神疾患/低侵襲/脳波/非侵襲
2025-10-3●生命科学・医学系医学系研究科教授栁澤 琢史発表のポイント
細いカテーテルを血管に通すことで、頭の骨を外す手術をせずに、脳の表面の血管に電極を置き、そこから脳波を計測することに成功血管内から計測した脳波は脳の表面から計測した脳波と同程度の精度があることを明らかに
これまで脳の電気活動を直接計測するためには、脳の表面に電極を置いたり、脳に電極を差し込んだりする手術が必要であったが、血管内から脳波を計測することで、これまでは計測が難しかった脳深部の脳波を極低侵襲に計測が可能に
てんかんの診断や治療、脳の機能解明、ブレインマシンインターフェースへの応用に期待
発表概要
大阪大学大学院医学系研究科の特任研究員の岩田貴光さん(脳神経外科学)、神経情報学 栁澤琢史 教授、脳神経外科学 中村元 講師、貴島晴彦 教授、同大学産業科学研究所 植村隆文 准教授、関谷毅 教授、メルボルン大学 生体医工学部 David Grayden 教授らの国際共同研究グループは、直径数mmの脳の細静脈の中に、カテーテル治療で用いる極細のワイヤー状の電極を留置し、低侵襲に脳の電気活動(脳波)を計測できることを明らかにしました。 これまで、同様の脳波を計測するためには、頭の骨を外し、脳の表面にシート状の電極を置いたり、脳に電極を差し込む手術が必要であり、身体への負担の大きいものでした。一方で皮膚の上から図る脳波は安全ですが、信号が弱く高精度な検査には限界があります。また既存の血管内脳波は脳の真ん中を走る大きな静脈(上矢状静脈洞)からの記録にとどまり、様々な脳の領域の信号を取得することはできませんでした。今回、研究グループは、頭の骨をあける手術をせずに、カテーテルと呼ばれる細い管を用いて、ブタの脳の表面を走っている細い血管(皮質静脈)や脳の深部を走る静脈(深部静脈)の中に電極を置き、そこから脳波を計測できることを示しました。特に、血管内から計測した脳波が、脳表に電極をおいて計測した脳波と同程度の精度があり、上矢状静脈洞から計測する旧来の血管内脳波よりも優れた性能を示すことを明らかにしました。本成果は、極低侵襲に頭の中の脳波を計測することで、てんかん治療の精度向上や、麻痺患者の意思伝達・運動補助を可能にする次世代ブレインマシンインターフェースの実用化に大きく貢献すること、さらには、パーキンソン病等の難治性神経疾患研究など、多岐にわたる臨床利用が期待されます。
本研究成果は、米国科学誌「Advanced Intelligent Systems」に、9月12日(金)に公開されました。

図1. カテーテルを脳の表面の細い静脈(皮質静脈)まで進め、ワイヤー型の電極で脳波を計測している
研究の背景
脳の活動を精密に計測することは、てんかんの治療、脳機能の局在マッピング、神経疾患の診断、さらにはブレイン・マシン・インターフェース(BMI)の開発において不可欠です。頭皮上から記録する脳波(EEG)は非侵襲的で安全ですが、頭蓋骨や皮膚を介するため信号が弱く、精密な解析や脳機能の解明には限界がありました。一方、開頭術により脳の表面にシート状電極を置く方法(ECoG)や、脳に電極を直接挿入する方法(SEEGやマイクロ電極)は高精度の信号を取得できますが、侵襲性が高く、患者への負担や合併症の問題があります。血管内に電極を留置する血管内脳波(intravascular EEG(ivEEG))は開頭せずに頭蓋内の脳波を計測できる方法として注目されており、米国を中心に「Stentrode™」と呼ばれるステント型電極を上矢状静脈洞(SSS)に留置して脳活動を記録する研究が進められています。しかし、この血管内脳波は上矢状静脈洞からしか計測ができず、脳機能的に重要な信号源である手や口の運動領野や視覚領野からの信号など、重要な脳領域を広く計測することはできませんでした。そのため「低侵襲で、かつ多様な脳領域にアクセス可能な新しい手法」が強く求められていました。
研究の内容
国際共同研究グループは脳の表面の細い血管の中から脳波を記録する新技術を開発しました。本研究では、臨床現場で使用されている極細のガイドワイヤーを電極として利用し、麻酔下のブタにおいて大腿部の血管からカテーテルを挿入し、脳表の皮質静脈や深部静脈に誘導しました。そこから記録された脳波信号を解析した結果、皮質静脈から得られる脳波は、これまで主に用いられてきた上矢状静脈洞からの記録よりも信号強度が大きく、特にアルファ波やベータ波といった周波数帯において高い信号強度を示すことが明らかとなりました。また、体性感覚刺激を与えた際には、左右の刺激によって異なる応答が確認され、電極の位置に応じて局所的な脳機能の違いを識別できることが示されました。さらに、運動野付近に挿入した電極に電気刺激を行うと、顔や肩の筋肉が収縮する運動誘発反応が得られ、脳の運動機能領域を特定し血管内から電気刺激で反応を誘発することに成功しました。加えて、深部静脈に留置した電極からは視覚刺激に対応する脳波も記録され、皮質表面だけでなく深部領域の活動を捉えることができることが実証されました。これらの一連の実験を通じて、長時間のカテーテル操作や電極の留置部位の変更を行っても血管損傷や出血といった有害事象は認められず、極細電極を用いた血管内脳波計測が安全に実施可能であることも確認されました。
図2. A:カテーテルを脳の表面の細い静脈(皮質静脈)まで進め、ワイヤー型の電極で脳波を計測している。 B:脳表の血管内から計測した安静時の脳波。 C: 安静時脳波のパワースぺクトラル密度。 D: 皮質静脈内に血管内電極を留置して感覚誘発電位を計測。 E: 左右の正中神経刺激を行った際の感覚誘発電位。血管内電極の留置側と反対側の正中神経刺激時に誘発された電位が大きい。 F: 皮質静脈内の血管内電極を介して脳表を電気刺激を行った際の顔面の運動誘発電位。血管内電極から左の運動野を電気刺激すると右の顔面に筋電位が誘発された。 G: 深部静脈に留置された血管内電極。 H: 深部静脈内で計測された視覚誘発電位。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回の成果の最大の意義は、開頭手術を必要とせずに多領域の脳活動を高精度に記録できる新たな方法を発見した点にあります。これは従来、侵襲性の高さと信号精度のいずれかを犠牲にせざるを得なかった脳波計測の常識を覆すものです。特に、手や口の運動に関わる脳領域に近接した皮質静脈から安定した信号を得られることで、重度の麻痺患者が自ら意思を伝えたり機器を操作したりできる次世代ブレイン・マシン・インターフェースの実現が期待されます。さらに、深部静脈を介した記録が可能となったことで、従来困難であった脳幹や基底核といった深部構造の活動を安全に観測できる可能性も示され、パーキンソン病や精神疾患など難治性神経疾患の理解や治療に新しい道を拓く可能性があります。こうした低侵襲で多領域にアクセス可能な新しい技術は、安全な医療を実現するだけでなく、脳科学研究の発展や産業応用に寄与することが期待されます。特記事項
本研究成果は、2025年9月12日(金)にする国際的オープンアクセスジャーナル「Advanced Intelligent Systems」(オンライン)に掲載されました。タイトル:“Microendovascular Neural Recording from Cortical and Deep Vessels with High Precision and Minimal Invasiveness”
著者名:Takamitsu Iwata, Hajime Nakamura, Takafumi Uemura, Teppei Araki, Takaki Matsumura, Takaaki Abe, Toshikazu Nezu, Masatoshi Takagaki, Tomohiko Ozaki, Shinpei Miura, Ryohei Fukuma, Sam E. John, David B. Grayden, Haruhiko Kishima, Tsuyoshi Sekitani, Takufumi Yanagisawa
DOI:https://doi.org/10.1002/aisy.202500487
なお、本研究は、JST ムーンショット型研究開発事業の一環として行われ、ふくしま医療機器開発支援センターの協力を得て行われました。
参考URL
栁澤琢史 教授 研究者総覧https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/ed99bce9a1d58f9e.html
大阪大学 研究