遺伝子が転写される場所を可視化できるマウスの作製
生体組織内の転写制御機構の解明と創薬への応用に期待
【注目の成果:共同研究・産学連携のためのチェックポイント】
![]() | 個体の発生、免疫応答、がんや老化など、生命現象の理解や医療研究への応用に期待 |
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
空間分布/遺伝情報/減数分裂/性染色体/ヒストン/制御工学/超解像/RNAポリメラーゼ/リン酸/環境応答/微生物/生体組織/精子形成/クロマチン/マウスモデル/脂肪組織/精巣/染色体/免疫染色/mRNA/生体防御/胎児/モデルマウス/線維芽細胞/B細胞/RNA/T細胞/マウス/メチル化/蛍光顕微鏡/好中球/細胞核/細胞分化/疾患モデルマウス/腎臓/精子/創薬/転写制御/培養細胞/免疫応答/免疫細胞/脾臓/遺伝子/遺伝子発現/抗体/疾患モデル/老化
2025-9-25●生命科学・医学系微生物病研究所教授伊川 正人発表のポイント
遺伝子の転写に働いているRNAポリメラーゼIIの場所を生体組織で可視化できるマウスを世界で初めて樹立。多様な組織において数百〜数千の転写の場所が観察され、細胞種や細胞の分化状態によってその数や動きが大きく異なることを発見。
個体の発生、免疫応答、がんや老化など、生命現象の理解や医療研究への応用に期待。
発表概要
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院 細胞制御工学研究センターの木村宏教授、九州大学 生体防御医学研究所の馬場義裕教授、大川恭行教授、大阪大学 微生物病研究所の伊川正人教授らの研究チームは、生きた細胞で遺伝子が転写されている場所を観察できる新しいマウスモデルを開発しました。遺伝子からmRNAを作る酵素であるRNAポリメラーゼIIが遺伝子を読み取る際に受けるリン酸化に着目し、これを認識する蛍光抗体を全身で発現するマウスを作製しました。このマウスの各組織の細胞を超解像蛍光顕微鏡で観察することで、遺伝子が活発に読み取られている場所を可視化することができました。これにより、これまで固定標本でしか見られなかった遺伝子が転写されている場所を、生きた状態の生体組織内でリアルタイムに追跡することが可能になりました。さまざまな組織における転写の場所を調べた結果、脾臓内の免疫細胞ではその種類に応じて転写の場所の数が大きく異なることが分かりました。また、増殖する細胞は分化した細胞に比べて転写の場所が動きやすいことも明らかになりました。本研究により、組織や細胞種に応じて転写の場所と動きが異なることが分かりました。
本研究で作製したマウスは、発生や分化、環境応答、老化、病態発症などに伴う遺伝子の転写制御機構の解明に有用であると考えられ、創薬や治療法開発への応用も期待されます。
本成果は、8月13日付の「Journal of Molecular Biology」誌オンライン速報版に掲載されました。
研究の背景
私たちの体をつくる細胞の性質は、遺伝子の働きによって決まります。遺伝子が働くためには、まず、その遺伝子を鋳型としてRNAが作られなくてはなりません。この遺伝情報を読み取ってRNAができる過程は「転写」と呼ばれ、その反応はRNAポリメラーゼという酵素が担っています。ヒトなどの真核生物の細胞核には3種類のRNAポリメラーゼ(I、II、III)が存在し、ほとんどの遺伝子の転写を担っているのがRNAポリメラーゼIIです。細胞内には多数のRNAポリメラーゼII分子が存在しますが、そのうち、実際に転写を行っている分子は20-25%程度に過ぎません。転写中のRNAポリメラーゼII分子は、リン酸化修飾を受けているため、リン酸化に特異的に結合する抗体を用いて選択的に検出することができます。従来は、抗体の検出の際に免疫染色を行っていたために、組織や細胞の化学固定が必要でした。研究グループは以前、生きた細胞内でリン酸化型RNAポリメラーゼIIを検出できる細胞内抗体を開発し、ヒト培養細胞内での転写場所の動態を明らかにしました[参考文献1]。今回の研究では、このリン酸化型RNAポリメラーゼIIに特異的な細胞内抗体を全身で発現するマウス(図1)を作製し、生体組織における転写の空間分布と動態の観察に成功しました。

図1. RNAポリメラーゼIIによる転写の場所を可視化できるマウス
研究の内容
リン酸化型RNAポリメラーゼIIに特異的な細胞内抗体を発現するマウスの肝臓、すい臓、腎臓、脂肪組織などを超解像蛍光顕微鏡により観察した結果、RNAポリメラーゼIIにより転写が行われている場所は、数百~数千カ所に及ぶことが分かりました(図2)。また、脾臓の免疫細胞を細胞種ごとに分類し詳細に調べた結果、転写の場所はT細胞では平均約470カ所、B細胞では約290カ所、好中球では約50カ所であると計測できました。こうして、それぞれの免疫細胞の働きや活性状態に応じて、転写状態が変動する可能性が示唆されました。
図2. 各組織の転写の場所
転写の場所の動きを調べたところ、肝臓やすい臓の細胞ではほとんど動かなかったのに対して、胎児から分離した線維芽細胞では比較的激しく動いていました。これは、増殖する細胞では使われる遺伝子が刻々と変化しクロマチンの状態が比較的緩くなっているのに対して、分化した細胞では使われる遺伝子が限られるためクロマチンが全体的に凝集した状態であることを反映すると考えられます。
また、雄マウスの精巣を観察したところ、精子形成の進行に伴って転写状態が変動することも観察できました(図3)。特に、減数分裂の初期段階で、性染色体が対合した領域では転写が起こらないことが確認できました。

図3. マウス精巣の転写の場所。リン酸化型RNAポリメラーゼIIの細胞内抗体で標識される転写の場所は緑、ヒストンH4 Lys20モノメチル化(H4K20me1)の細胞内抗体で標識される比較的クロマチンが凝縮した場所はマジェンタで示す。精原細胞では転写が細胞核全体に見られるが、減数分裂期のパキテン期では、H4K20me1が濃縮する性染色体が対合した(XYボディと呼ばれる)領域には転写が見られない。
社会的インパクト
本研究は、任意の組織において細胞が生きた状態で遺伝子の転写が起こっている場所を観察できるマウスを開発し、これまで不明だったマウス個体内の転写の動態を明らかにしました。このマウスは、発生や分化、環境応答、老化、病態発症などに伴う遺伝子の転写制御機構の解明に有用であると考えられ、創薬や治療法開発への応用も期待されます。今後の展開
マウス個体のさまざまな組織での細胞分化過程や免疫応答などにおいて転写の場所を追跡することで、遺伝子発現の制御機構の解明につなげていくことができます。また、老化モデルや疾患モデルマウスと組み合わせることで、病気の発症メカニズムや薬効評価に応用できると期待されます。特記事項
論文情報
掲載誌:Journal of Molecular Biology
論文タイトル:Organization and dynamics of transcription elongation foci in mouse tissues
著者:Chihiro Matsuda, Akane Ichiki, Yuko Sato, Yukino Kudo, Mika Saotome, Chihiro Takayama, Khoa Minh Le, Satoshi Uchino, Ryota Higuchi, Kazuhiko Kawata, Kosuke Tomimatsu, Manabu Ozawa, Masahito Ikawa, Yasuyuki Ohkawa, Yoshihiro Baba, Hiroshi Kimura
DOI:10.1016/j.jmb.2025.169395
本研究は、JSPS科学研究費助成事業(JP16H06276(CoBiA)、JP21H04764、JP24H02325、JP23H00372、JP24H0232、JP24K21949、JP22H04922(AdAMS)、JP24K02297)、AMED BINDS(JP24ama121020、JP24ama121017j0001)、AMED ASPIRE(24jf0126008h0001)、JST CREST(JPMJCR20S6、JP24gm1810008)、文部科学省共同利用・共同研究システム形成事業~学際領域展開ハブ形成プログラム~(JPMXP1323015486)の助成を受けたものです。
大阪大学 研究