[Top page] [日刊 研究最前線 知尋] [Discovery Saga総合案内] [大学別アーカイブス] [Discovery Saga会員のご案内] [産学連携のご案内] [会社概要] [お問い合わせ]

神戸大学 研究Discovery Saga
2025年7月22日

楽観的な人々は似たような未来を思い描く

楽観性に共通する脳の働きを可視化

【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域数物系科学工学総合生物医歯薬学
【Sagaキーワード】
行動実験/視覚化/類似度/認知科学/心身の健康/脳活動/磁気共鳴/低次元/普遍性/社会的ネットワーク/アンケート調査/血流/神経活動/磁気共鳴画像/前頭前野/ヘモグロビン/脳機能
2025.07.22社会科学
社会心理学
認知科学
fMRI

神戸大学大学院人文学研究科の柳澤邦昭准教授および京都大学人と社会の未来研究院の阿部修士教授、中井隆介特定准教授らの研究グループは、楽観的な人々は未来を想像する際に、類似した情報処理を行っていることを明らかにしました。機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いた2つの研究で、楽観的な人々の内側前頭前野では、未来を想像する際の脳の活動パターン(神経表象)が共通の認知構造を示す一方、悲観的な人々ではその構造に共通性はなく、個人ごとに特異的であることが明らかになりました。
さらに、この認知構造の類似性の背景には、楽観的な人ほどポジティブな未来とネガティブな未来を、脳内で明確に区別して捉えているという特徴があることも突き止めました。この未来を感情的に整理する機能は、楽観的な個人の精神的安定性を支え、ひいては円滑な意思疎通の基盤となる認知構造の共有を生み出すことで、良好な社会的関係の神経基盤を形成すると考えられます。したがって、本研究の知見は、社会的孤立や孤独といった社会問題への理解に、脳機能の観点から貢献するものです。
この研究成果は、7月21日の週に、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」誌に掲載される予定です。


研究の概要図

ポイント

未来を想像する際、楽観的な人々の認知構造は似ており、集団平均的な特徴を持つ一方で、悲観的な人々は平均的特徴から乖離(かいり)し、それぞれが独自の捉え方を示すことが分かった。
楽観的な人々の認知構造の類似性の背景に、ポジティブな未来とネガティブな未来の出来事を、明確に区別しているという神経メカニズムが存在することを明らかにした。
楽観的な人々は似た未来を想像する傾向があり、それが豊かな人間関係の構築や社会的孤立・孤独感の軽減につながっている可能性を示した。

研究の背景

現代社会において、社会的孤立や孤独感は心身の健康に深刻な影響を及ぼす問題として注目されています。こうした状況の中で、近年、楽観性(optimism)※1という性格特性が心理的健康だけでなく、良好な社会的つながりの形成・維持にも重要な役割を果たすことが明らかになっています。具体的には、楽観的な人ほど豊かな人間関係を築きやすく、社会的孤立や孤独感が生じにくい傾向があることが報告されています。
しかし、楽観性が良好な人間関係を築くメカニズムについては、まだ十分に解明されていません。円滑な意思疎通のためには、人々の間で物事や出来事に対する捉え方(認知構造)※2がある程度共有されていることが重要です。この認知構造の類似性こそが、楽観性と社会的つながりを結びつける鍵となる可能性があります。特に、未来を想像する際の認知構造は、楽観的な人々の間でより類似しているのかもしれません。
この仮説を検証するため、本研究ではfMRI※3を用いて、参加者が未来を想像する際の脳活動を計測しました。特に、自己関連の思考や未来を想像する際に重要な役割を果たす内側前頭前野に着目し、内側前頭前野の脳活動パターンから認知構造を読み解き、個人間でどれだけ類似しているかを、最新の解析技術で評価しました。
「楽観的な人は、みな同じように未来を描くのだろうか?」—本研究は、この問いを検証することで、楽観性が良好な社会的関係を促進する脳内メカニズムの解明を目指しました。

研究の内容

実験方法

本研究では、fMRIを用いた2つの研究を実施し、計87名(研究1:30名、研究2:57名)の被験者を対象に検討しました。被験者にはMRI装置内で、感情価※4の異なるさまざまな未来の出来事を、自分自身または配偶者の身に起きることとして具体的に想像してもらい、その際の脳活動を計測しました。出来事の具体例としては、「リゾートホテルに宿泊する(ポジティブ)」、「多額の借金を背負う(ネガティブ)」などが挙げられます。また、被験者はfMRI実験後にアンケート調査により楽観性を測定する心理尺度に回答し、その数値を用いて楽観性の程度を評価しました。数値が高いほど楽観性が高く、将来の出来事をより肯定的に捉える傾向があると考えられます。なお、研究2は研究1の再現性を検討するため、類似の実験手順で実施しました。
次に、得られた脳活動データを用いて、内側前頭前野を中心に被験者間表象類似度解析(IS-RSA)※5により個人間の脳活動パターンの類似性を検討し、また、個人差多次元尺度構成法(INDSCAL)※6を用いて脳活動パターンから認知構造について検討しました。
 

実験結果

IS-RSAによる解析の結果、楽観的な人々では、未来を想像する際の内側前頭前野における神経表象※7が類似した構造を持っていたのに対し、悲観的な人々ではこの構造が特異的であることが示されました(図1)。したがって、楽観的な人々は、未来を想像する際の認知的特徴において共通性を持つことが、脳の活動パターンを用いた検討により明らかになりました。
さらにINDSCALによる解析では、楽観性の高い人ほど、未来の出来事の「ポジティブさ」と「ネガティブさ」を区別する次元を、より強く重視していることが明らかになりました(図2)。これは、楽観的な人ほど良い未来と悪い未来を脳内で明確に区別して捉えていることを意味します。
本研究の結果は、楽観的な人々が未来を想像する際、それぞれ具体的に思い描く未来の出来事自体は異なっていても、それらの出来事をポジティブかネガティブかという「感情的な意味づけ」を行う際に、共通した神経基盤を持っていることを示唆しています。この共通性が、楽観的な人々がお互いの考えや感情を理解しやすく、良好な社会的関係を維持しやすい理由の一つである可能性があります。


図1 (a)参加者同士が未来を想像した際の神経活動パターンの個人間の類似性と楽観性の関連を示した行列。この行列は内側前頭前野で得られた脳活動パターンを基に作成されており、各参加者同士がどの程度似ているかを色で表している。行と列は参加者を楽観性の得点順(低→高)に並べており、左上の領域は楽観性が最も低い参加者同士の組み合わせ、右下の領域は楽観性が最も高い参加者同士の組み合わせを示している。暖色ほど神経活動パターンが似ていない(非類似度が高い)、寒色ほど似ている(非類似度が低い)ことを表す。(b)参加者同士の神経活動パターンの類似性を多次元尺度構成法(MDS)※8という手法で視覚化した。1つの点が1人の参加者を表しており、点の色がその参加者の楽観性スコアを示している。参加者が最も集中している(密集している)領域を特定し、その中心を「×」で示している。なお、図は研究1の結果を示しており、研究2でも同様の結果が得られている。

 


 図2 (a)参加者が未来の出来事を想像した際の認知構造を、内側前頭前野の神経活動パターンを用いて、個人差多次元尺度構成法(INDSCAL)により視覚化した。各点が出来事の種類を示しており、色はその出来事の感情価(ポジティブ、ネガティブ、中立)を表している。(b)参加者が、それぞれの次元をどの程度重視しているかを表したもの。1つの点が1人の参加者を表しており、色がその参加者の楽観性スコアを示している。なお、図は研究1の結果を示しており、研究2でも同様の結果が得られている。

今後の展開

本研究で明らかになった「認知構造の類似性」が、実際の社会的行動にどう結びつくのか、その検証が今後の重要な課題です。例えば、認知構造が似ている人同士は会話が弾みやすいのか、あるいは協力して課題を解決するのが得意なのか。脳内での「認知構造の共有」が、現実世界での「息が合う」「分かり合える」といった体験の基盤となっているのかを、行動実験などを通じて明らかにする必要があります。
さらに、より本質的な問いとして、そもそも「なぜ楽観的な人々の認知構造は似ているのか」という、その起源の解明が必要であると考えます。遺伝的な要因か、あるいは幼少期の経験や学習によって後天的に獲得されるものか。これらの探求は最終的に、「なぜポジティブな心の状態は人々の間で共通のパターンを生み、ネガティブな状態は多様な現れ方をするのか」という、人間の心の普遍性と多様性に関する、より根源的な問いへとつながっていきます。

用語解説

※1. 楽観性(optimism)

将来に対して肯定的な見通しを持ち、これから起こる出来事を前向きに捉える心の傾向を指す。心理学の研究では、心身の健康や幸福感の向上を促す重要な心理的資源として注目されている。

※2. 認知構造

出来事などの情報を理解するための枠組みや構造。個人によってその特徴が異なり、個人の認知スタイルや性格などとも関連する。

※3. fMRI(機能的磁気共鳴画像法)

脳のある領域で神経活動が起こると、その部分の血流量が増加し、酸化ヘモグロビンと還元ヘモグロビンの割合が変化する。fMRIはこの変化による磁気共鳴信号を捉えることで、脳の活動状態を画像化する技術。

※4. 感情価

ある刺激や出来事に対する感情の性質を、ポジティブ(快)からネガティブ(不快)までの軸で表したもの。

※5. 被験者間表象類似度解析(IS-RSA)

複数の被験者間で、神経表象の構造がどれだけ似ているかを解析する方法。脳がどのように情報を処理しているかという神経活動パターンの類似性を評価する。

※6. 個人差多次元尺度構成法(INDSCAL)

多次元尺度構成法(MDS)の一種で、個人差を考慮した分析手法。対象間の共通する関係(共通刺激空間)を推定するとともに、各次元への個人ごとの重み付け(被験者空間)を算出する。これにより、共通した次元構造を保ちつつも、認知スタイルの個人差を数量的に表現可能。

※7. 神経表象

脳内で出来事や概念がどのように表現されているかを示す脳の活動パターン。

※8. 多次元尺度構成法(MDS)

対象間の類似度や非類似度のデータに基づき、それらを低次元の空間に配置し、対象同士の関係性を視覚的に示す分析手法。対象間の関係を距離として直感的に表現し、データ全体の特徴やパターンをわかりやすく整理することが目的。

謝辞

本研究は、科学技術振興機構(JST) 社会技術研究開発センター(RISTEX) 社会技術研究開発事業「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)」におけるプロジェクト「新生活に伴う孤独リスクの可視化と一次予防」(課題番号:JPMJRX21K3)、日本学術振興会科学研究費(課題番号:JP26780342、JP19H01747)の助成を受けて実施しました。

論文情報

タイトル

Optimistic people are all alike: Shared neural representations supporting episodic future thinking among optimistic individuals

DOI

10.1073/pnas.2511101122

著者

Kuniaki Yanagisawa, Ryusuke Nakai, Kohei Asano, Emiko S. Kashima, Hitomi Sugiura, Nobuhito Abe

掲載誌

Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America

研究者


柳澤 邦昭
准教授

人文学研究科



人文学研究科