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大阪大学 研究Discovery Saga
2025年6月20日

“ゼロレベル魔法状態蒸留法”を構築

誤り耐性量子コンピュータに必要な量子ビット数を大幅に削減!

【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学数物系科学化学総合理工工学医歯薬学
【Sagaキーワード】
誤り訂正/誤り訂正符号/プロトコル/符号化/量子計算/量子コンピュータ/量子テレポーテーション/量子化/量子情報/数値シミュレーション/超伝導/量子化学/量子化学計算/量子ビット/量子デバイス/シミュレーション/手術
2025-6-18●自然科学系基礎工学研究科教授藤井 啓祐

発表のポイント

大規模な誤り耐性量子コンピュータに必要となる特殊な量子状態「魔法状態」を、低コストで蒸留する「ゼロレベル魔法状態蒸留法」を構築
これまで、「魔法状態」の精製には大量の量子ビットが必要で、その速度も遅いことが課題となっていた
物理量子ビットレベル(ゼロレベル)でエラー耐性のある蒸留回路を構成することで、魔法状態蒸留に必要な計算コストを大幅に削減
学会発表後、Googleなど海外の研究チームも注目し応用を試みるなど、大規模な誤り耐性量子コンピュータの実現へ大きく前進

概要

大阪大学大学院基礎工学研究科の大学院生の糸川智博さん(博士前期課程)、高田侑吾さん(博士後期課程)、平野裕さん(博士後期課程)、大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センターの藤井啓祐教授らの研究グループは、大規模な量子コンピュータに必要不可欠な「魔法状態」を、低コストで蒸留する「ゼロレベル魔法状態蒸留法」の構築に成功しました。
素因数分解問題や量子化学計算など、産業上重要な問題を高速で解くためには、量子誤り訂正機能を持った「誤り耐性量子コンピュータ」が必要不可欠です。そしてこの誤り耐性量子コンピュータに必要なのが、「魔法状態」と呼ばれる特殊な量子状態です。
しかし、魔法状態を作るためには多くのリソースが必要です。まず、たくさんの量子ビットで量子情報を符号化し、蒸留プロトコルを実行する必要があります(論理レベル魔法状態蒸留)。この方法は、多くの量子ビット数を必要とし、魔法状態を供給する速度も遅いため、専用の「魔法状態工場」を量子コンピュータに確保する必要がありました。
本研究では、論理量子ビットを用いて蒸留をするのではなく、物理量子ビットレベル(ゼロレベル)でエラー耐性のある蒸留回路を構成することで、魔法状態蒸留に必要な計算コストを大幅に削減しました。この結果、論理レベル蒸留に比べ、必要となる量子ビット数が約10分の1に、必要な計算ステップ数が2分の1になることが明らかになりました。
今回開発した「ゼロレベル魔法状態蒸留」によって、魔法状態工場が必要なくなり、複雑な計算に必要となる量子ビット数や計算時間が大幅に削減されることで、誤り耐性量子コンピュータの早期実現が期待されます。本研究グループからの学会発表以降、Googleのチームも本研究に着目しました。Googleのチームはさらなる改善を試み、「魔法状態栽培」という手法を開発し、その応用によって素因数分解に必要となる物理量子ビット数が10分の1まで削減されることを示すなど、海外にもすでに大きな影響を与えています。
本成果は、米国科学誌「Physical Review X Quantum」に、6月21日(土)午前0時(日本時間)に公開されました。



図1. 論理レベル蒸留(左)とゼロレベル蒸留(右)の回路の模式図。面積が物理量子ビット、高さがステップ数に対応。

研究の背景

量子コンピュータで素因数分解や量子化学計算といった産業応用上重要な問題を解くためには、量子デバイスで発生するエラーを誤り訂正する機能を持つ「誤り耐性量子コンピュータ」の実現が必要不可欠です。しかし、誤り訂正には多くの量子ビットが必要で、例えば2048ビットの素因数分解を実行するためには、2000万量子ビットが必要であるとされています。これが誤り耐性量子コンピュータの実現を難しくしています。
特に、T演算をはじめとする、万能な量子計算に必須な「非クリフォード演算」はエラーから守ることが難しく、特殊な状態「魔法状態」を高い純度で作る必要があります。この「魔法状態」を作る方法として、「魔法状態蒸留」という操作があります。これまで、魔法状態蒸留はエラーを訂正するために表面符号と呼ばれる誤り訂正符号に符号化された「論理量子ビット」を使って行われていました(論理レベル魔法状態蒸留)。しかし、このアプローチでは、多くの量子ビットと計算ステップが必要で、魔法状態の供給スピードも遅いため、大量に魔法状態を供給するために大規模な「魔法状態蒸留工場」が必要でした。これが、誤り耐性量子コンピュータに膨大な量子ビット数が求められる最大の要因でした。

研究の内容

本研究では、このような「論理魔法状態蒸留」のオーバーヘッドを低減させるために、符号化を行わず、物理レベル(ゼロレベル)で魔法状態蒸留を行い、その状態を表面符号へと量子テレポーテーションする、「ゼロレベル魔法状態蒸留法」を構築しました。
魔法状態蒸留に用いる回路と超伝導量子ビットを用いた量子コンピュータで主流となっている表面符号には互換性がありません。このため、魔法状態蒸留回路を、正方格子上に配置された量子ビットに対する最近接量子ビット間のゲート操作だけを用いて、誤り耐性がありかつ高い純度が得られるように構成しました。その結果得られた純度の高い魔法状態をさらに、異なる符号間の格子手術による量子テレポーテーションによって表面符号に転送します。この結果、表面符号方式で利用可能な魔法状態が、高い精度で得られることになります。
数値シミュレーションの結果、量子ゲートの物理エラー確率が0.1%の場合は、論理エラー確率が0.01%の魔法状態が、物理エラー確率が0.01%の場合は論理エラー確率が0.0001%の魔法状態が得られることが明らかになりました。これは、当分野の次のマイルストーンであるMegaquop machine(1メガ演算が実行できる量子コンピュータ)に十分な精度の魔法状態が得られることを意味します。本手法で必要となる量子ビットは75量子ビット程度でよく、既存の論理レベル蒸留と比較すると一桁以上少ない量子ビット数で動作するとともに、必要となるステップ数も半分になります。さらに、ゼロレベル魔法状態と既存の論理レベル蒸留を組み合わせることで、さらに精度が高い魔法状態を効率的に精製できることも研究グループの後続の研究から明らかになっています。



図2. ゼロレベル蒸留の詳細。①7量子ビット符号を用いた蒸留回路で魔法状態を蒸留し、②得られた状態を表面符号との格子手術と呼ばれる操作によって量子テレポーテーションさせて、③表面符号上の魔法状態を準備。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究では、魔法状態を圧倒的に少ない量子ビット数で精製できるため、素因数分解や量子化学計算など産業上重要な計算を高速化できる誤り耐性量子コンピュータの実現のハードルを大きく下げることになります。実際、本研究成果を米国物理学会で発表した後に、Googleのグループが本手法をさらに発展させた「魔法状態栽培」という手法を発表し、より精度の高い魔法状態が効率的に精製できることを示しました。この結果に基づき、最近2048ビットの素因数分解問題に必要な量子ビット数が1桁削減され、100万量子ビット規模の誤り耐性量子コンピュータで実行できることがGoogleのグループから発表されています。
以上のように、魔法状態蒸留はすでに分野に大きな影響を与え、誤り耐性量子コンピュータの実現に必要なリソースを大幅に削減することに成功しています。

特記事項

本研究成果は、2025年6月21日(土)午前0時(日本時間)に「Physical Review X Quantum」に掲載されました。
タイトル:“Efficient Magic State Distillation by Zero-Level Distillation”
著者名:Tomohiro Itogawa, Yugo Takada, Yutaka Hirano, and Keisuke Fujii
DOI:https://doi.org/10.1103/thxx-njr6
本研究開発は、科学技術振興機構(JST) ムーンショット型研究開発事業 ムーンショット目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」 研究開発プロジェクト「誤り耐性型量子コンピュータにおける理論・ソフトウェアの研究開発」(JPMJMS2061)、JST共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「量子ソフトウェア研究拠点」(JPMJPF2014)、文部科学省 光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)「知的量子設計による量子ソフトウェア研究開発と応用」(JPMXS0120319794)による助成を受けて行われました。

参考URL

大学院基礎工学研究科/量子情報・量子生命研究センター 藤井啓祐教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/5a85c8c10d5fa6bb.html