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東京科学大学 研究Discovery Saga
2025年6月20日

超高容量かつ低コストの鉄系全固体フッ化物イオン二次電池正極材料の開発

【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
情報学複合領域環境学数物系科学化学生物学総合理工工学農学医歯薬学
【Sagaキーワード】
自律システム/検索システム/光エネルギー/地球科学/分析技術/再資源化/再生可能エネルギー/X線吸収分光/高エネルギー/高温超伝導体/素励起/多価イオン/超伝導体/銅酸化物/物質科学/SPring-8/X線回折/非弾性/放射光/スペクトル/太陽/超伝導/励起状態/アニオン/光エネルギー変換/反応機構/光合成/太陽光/正極材料/リチウムイオン二次電池/電子励起/イオン伝導体/インターカレーション/貴金属/酸素分子/遷移金属/電気化学反応/分子状酸素/キャリア/ペロブスカイト/可視光/高温超伝導/人工光合成/水分解/選択性/蓄電池/無機材料/体積変化/イオン伝導/光触媒/電池/CO2還元/アルミニウム/コバルト/ナノ材料/ナノ粒子/マグネシウム/リチウム/レアメタル/金属酸化物/酸化物/自動車/耐久性/電解質/電気化学/電気自動車/電磁波/二酸化炭素/二次電池/半導体/エネルギー変換/結晶構造/層構造/カチオン/カルシウム

2025年6月20日 公開

概要

東京科学大学 理学院 化学系の前田和彦教授、京都大学大学院人間・環境学研究科 山本健太郎特定准教授(現:奈良女子大学研究院工学系准教授)、内本喜晴教授らの研究グループは、量子科学技術研究開発機構、東京大学、兵庫県立大学、トヨタ自動車株式会社と共同で、
リチウムイオン二次電池[用語1]正極容量をはるかに超える
全固体フッ化物イオン二次電池[用語2]新規高容量
インターカレーション[用語3]正極材料の開発に成功しました。

本研究では、ありふれた鉄(地殻存在度4位)、カルシウム(地殻存在度5位)、酸素(地殻存在度1位)を主成分とするCa0.8Sr0.2FeO2Fxが既存のリチウムイオン二次電池正極材料の2倍を優に超える580 mAh g–1の可逆容量を示すことを見出しました(図1)。この材料は、当初
無限層構造[用語4]を有しており、フッ化物イオンの挿入・脱離機構をX線吸収分光法、
共鳴非弾性X線散乱法[用語5]、X線回折法などさまざまな分析技術を用いて多角的に解析した結果、フッ化物イオン挿入時に構造内で分子状酸素を形成する(酸化物イオンの電荷補償を活用する)ことで、結晶構造から予想されるよりも遥かに多くのフッ化物イオンを可逆的に挿入可能であることを明らかにしました。電気自動車用の電池の大規模なニーズに対応するためには、希少金属の使用はできず、希少金属であるリチウムを用いることなく、負イオンである酸素の価数変化を大規模に活用する
超セラミックス[用語6]正極材料により、従来の正極材料と比べてはるかに高容量を実現できたことから、蓄電池の革新が起こる可能性を示しました。

本成果は、2025年6月17日にドイツの国際学術誌「Advanced Energy Materials」にオンライン掲載されました。


図1.本研究で開発したSrFeO2Fx、Ca0.8Sr0.2FeO2Fx正極と既存正極材料の重量あたりの容量と体積あたりの容量の比較。SrFeO2Fx、Ca0.8Sr0.2FeO2Fx正極は結晶構造から分子状酸素形成を伴って予想されるよりも多くのフッ化物イオン(x > 1)を可逆的に挿入することで高い容量を示す。

背景

リチウムイオン二次電池は、高エネルギー密度、高入出力密度、長期耐久性などの理由から、電子機器などに広く用いられており、電気自動車用の電源としても応用されています。しかし、近年では、電気自動車の長距離化のニーズが高まっており、高エネルギー密度の二次電池開発が求められています。さらに、電気自動車の普及を考えるとコバルト、ニッケル、リチウムなどの希少金属を用いることは望ましくありません。現行のリチウムイオン二次電池を凌駕するエネルギー密度の二次電池を開発するためには、正極および負極に多電子反応を利用することが考えられますが、マグネシウムイオン(Mg2+)やアルミニウムイオン(Al3+)などの多価イオンは固体内での拡散が遅く充電・放電に時間がかかることから、電気自動車用途には使用できません。しかし、1 価のアニオンであるフッ化物イオン(F)をキャリアとして用いる場合、Fはイオン半径が小さく(1.33
Å[用語7])、酸化物イオン(O2–)のイオン半径(1.40 Å)とほぼ同じであるにもかかわらず、1 価であるため固体中の高速なイオン伝導が可能です。また不燃性の固体を電解質として用いることで安全性を向上させることができます。このような特徴からF–をキャリアとして用いる全固体フッ化物イオン二次電池は高エネルギー密度、高入出力密度、高安全性が理論的に見込める二次電池として注目を集めています。

全固体フッ化物イオン二次電池用の正極材料として、電極材料のサイクル特性や入出力特性の課題解決に向けて、リチウムイオン二次電池で適用されている電極材料と同様に、物質の基本骨格が保たれたまま一部の元素が出入りするFのインターカレーション反応を利用する正極材料が開発されつつあります。これらの材料は金属/金属フッ化物と比較して、サイクル特性や入出力特性が劇的に向上するものの、利用可能な容量が小さくなるという問題点がありました。山本准教授、内本教授らのグループはこの問題を解決するために、これまで酸素分子結合形成を用いる酸フッ化物正極(2024年J. Am. Chem. Soc:京都大学よりプレスリリース)を開発してきましたが、リチウムイオン二次電池の正極材料を超える重量容量を示し、かつ、ありふれた元素だけで構成される正極の開発には至っていませんでした。

研究手法・成果

本研究では、ありふれた鉄(地殻存在度4位)、カルシウム(地殻存在度5位)、酸素(地殻存在度1位)、を主成分とする無限層構造を有する酸化物Ca0.8Sr0.2FeO2から電気化学反応を通して得られるペロブスカイト酸フッ化物Ca0.8Sr0.2FeO2Fxが結晶構造から予想されるよりもはるかに多くのFを可逆的に挿入可能であり、既存のリチウムイオン二次電池正極材料の2倍を優に超える、580 mAh g–1という高い容量が得られることを見出しました(図1, 2)。F挿入・脱離反応機構を
大型放射光施設 SPring-8[用語8]におけるX線吸収分光法、共鳴非弾性X線散乱法(図3)、X線回折などさまざまな分析技術を用いて多角的に解析しました。その結果、遷移金属カチオンに加えて酸化物イオンが電荷補償を担っており、酸化物イオンが電荷補償をする際に構造内で分子状酸素が形成することで多量のF–の挿入を可能にしていること(図1)、その際の体積変化率が非常に小さいことが高容量・高サイクル特性につながっていることを明らかにしました。


図2.Ca0.8Sr0.2FeO2Fxの正極の充放電曲線。既存のリチウムイオン二次電池正極材料の2倍を優に超える580 mAh g–1の可逆的な容量を示す。


図3.充電前後におけるSrFeO2Fx正極のO-K吸収端での共鳴非弾性X線散乱スペクトル。挿入図は0 eV付近の拡大図。フル充電状態のSrFeO2Fxにおいて0 eV付近に見られる振動ピークが分子状酸素の存在を示唆する。

波及効果、今後の予定

本研究ではペロブスカイト構造を有する酸フッ化物が充電時に構造内で酸素分子結合を形成することで高容量・高サイクル特性を示すこと、580 mAh g–1という極めて大きな可逆容量が得られることを見出しました。リチウムイオン二次電池においては、正イオンである遷移金属の価数変化(Co3+ → Co4+ + e)を用いています。最近では負イオンである酸素からの分子状酸素の形成(2O2– → O2 + 4e)が部分的に起こることが報告され、高エネルギー密度化に向けて開発が進められています。本研究では負イオンの価数変化が従来のような部分的ではなく大規模に起こることで、超高容量を実現しました。また安価なCa、Feを主成分として用いていることから、製造コストの観点でも優れています。ペロブスカイト化合物は元素の選択性が豊富であることから、今後、構造内での酸素分子結合の形成を利用した多量のFの挿入・脱離反応を制御することによって、SrFeO2FxやCa0.8Sr0.2FeO2Fxよりもさらに優れた特性を示すインターカレーション正極材料とそれを用いた高エネルギー密度の全固体フッ化物イオン二次電池の開発が期待されます。この資源的な制約を受けない正極を用いることにより、航続距離が従来のリチウムイオン二次電池を搭載した電気自動車の2倍を優に超える、安全かつ安価な電気自動車の実用化を目指します。

研究プロジェクトについて

本研究の一部は、学術変革領域研究(A)「超セラミックス:分子が拓く無機材料のフロンティア(課題番号: JP22H05143、JP22H05145、JP22H05146、JP22H05148)」、日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)「過剰なフッ化物イオンの挿入・脱離反応を利用した新規鉄系酸化物正極の創成(課題番号: 21H02048)」による助成を受けて実施されました。

用語説明

[用語1]
リチウムイオン二次電池:エネルギー密度が高く、スマートフォンやノートパソコンなどの携帯機器や電気自動車の電源として利用されている二次電池です。正極・負極の電極と有機溶媒を用いた電解質が主な構成要素であり、リチウムイオンが動くことで充放電反応が進行します。移動用電源として用いられる場合、大型化とともにさらなる安全性の向上が開発の至上命題となっています。
[用語2]
全固体フッ化物イオン二次電池:電解質として固体のフッ化物イオン伝導体が用いられ、正極・負極間でフッ化物イオンが動くことで充放電反応が進行する二次電池です。現在最も普及しているリチウムイオン二次電池と比較して、高エネルギー密度、高安全性、低コストが実現可能な次世代の二次電池系として期待されています。2011年以降に研究開発が加速しましたが、克服すべき課題も多くあります。
[用語3]
インターカレーション:物質の空隙に他の物質が挿入される現象または反応の総称です。
[用語4]
無限層構造:高温超伝導銅酸化物の中で最も単純な構造を有する物質としてSrCuO2が知られており、数多く発見されている高温超伝導銅酸化物は、銅と酸素からなる2次元面(CuO2面)と、超伝導に無関係のバッファ層の繰り返しで構成されています。高温超伝導体の構造を分類するときに、バッファ層に挟まれたCuO2面の枚数により、一層、二層、三層 …と呼ばれます。バッファ層がない(最も単純な)ケースでは、CuO2面は“無限”層あるとみなせるため、SrCuO2の構造は無限層構造と呼ばれています。Ca0.8Sr0.2FeO2は鉄と酸素が2次元面(FeO2面)を形成することで、SrCuO2と同一の構造を有します。
[用語5]
共鳴非弾性X線散乱法:物質の内殻準位に共鳴するX線を照射し、散乱されたX線をエネルギー分解することによって、バルク敏感かつ元素ごとに、電子励起状態や振動などの物質が持つ素励起を調べることができる分光手法です。
[用語6]
超セラミックス:無機材料に分子性のユニットを組み込んだ物質群を「超セラミックス」と定義しています。
[用語7]
Å:1 Åは10–10 m = 0.1 nmです。
[用語8]
大型放射光施設SPring-8:世界最高性能の放射光を生み出す施設で、兵庫県の播磨科学公園都市にあります。理化学研究所が所有し、その運転管理と利用促進は高輝度光科学研究センターが行っています。ほぼ光速で進む電子が磁石などによってその進行方向を変えられると、接線方向に電磁波が発生し、その電磁波を放射光といいます。SPring-8では、この放射光を用いて、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野の研究開発が加速的に進められています。

論文情報

掲載誌:
Advanced Energy Materials
タイトル:
Ultra-High-Capacity of Earth-Abundant Cathodes Enabled by Excess Fluoride-Ion Insertion/Extraction
著者:
Yanchang Wang, Kentaro Yamamoto, Yuki Sakaguchi, Jun Miyawaki, Toshiyuki Matsunaga, Datong Zhang, Hisao Kiuchi, Zulai Cao, Koji Nakanishi, Toshiki Watanabe, Neha Thakur, Mukesh Kumar, Hidenori Miki, Hideki Iba, Kazuhiko Maeda, Yoshihisa Harada, Hiroshi Kageyama, Yoshiharu Uchimoto
DOI:
10.1002/aenm.202406131

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