海洋性の光合成細菌の窒素固定能力が炭素源の種類で変化
-持続可能な物質生産への貢献を期待-
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
金属元素/光エネルギー/海洋/陽子/気候変動/中性子/同位体/遠赤外線/赤外線/太陽/高分子/生分解性プラスチック/窒素固定/オルガネラ/光合成/光合成細菌/電子伝達/太陽光/質量分析/アセチレン/生分解/前駆体/持続可能/持続可能な開発/カーボン/ナノメートル/プラスチック/リサイクル/海洋資源/環境負荷/資源循環/質量分析計/二酸化炭素/廃棄物/有機物/物質生産/生分解性/エチレン/リン酸/クエン酸/酵素活性/カロテノイド/漁業/微生物/ビタミン/ナトリウム/日常生活/発展途上国/アミノ酸/ラット/抗酸化/抗酸化作用/細胞増殖/細菌
2025年6月9日
理化学研究所
京都大学
概要
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チームの沼田 圭司 チームディレクター(京都大学 大学院工学研究科 教授)、細胞生産研究チームの白井 智量 上級研究員、京都大学 大学院工学研究科の鈴木 美紀 特定研究員らの共同研究グループは、海洋性の紅色非硫黄光合成細菌[1]の窒素固定化効率や固定化された窒素の代謝経路が、環境中の炭素源の種類に応じて変化し、細胞増殖速度に影響することを明らかにしました。本研究成果は、農業用肥料や漁業用飼料だけでなく、生分解性プラスチック[2]の生産ツールとしても期待されている紅色非硫黄光合成細菌を用いた持続可能な物質生産[3]に貢献すると期待されます。
紅色非硫黄光合成細菌は、光合成[4]と窒素固定[5]の両方の代謝経路を有し、環境中に普遍的に存在する太陽光、二酸化炭素ガス、窒素ガスを用いて菌体を独立栄養[6]的に増殖させることで、環境に対する負荷を低減しながら、有用物質を獲得できます。一方で、光合成と窒素固定の両方を、同時に誘導する場合の代謝経路は複雑で、詳細については不明な点が多いのが現状です。今回、共同研究グループは、海洋性の紅色非硫黄光合成細菌を、無機炭素源(光合成条件下)または有機炭素源を用いて従属栄養[7]的に培養したときの窒素固定化能、および固定化された窒素によるアミノ酸の合成効率を解析しました。
本研究は、科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(5月26日付)に掲載されました。

独立または従属栄養条件における、細胞増殖と窒素固定の関連性
背景
化石燃料に依存している従来の物質生産方法は環境に対する負荷が大きく、持続可能な物質生産への転換が、社会全体で求められていますが、そのような新たな物質生産のツールとして、紅色非硫黄光合成細菌が着目されています。紅色非硫黄光合成細菌は、太陽光と二酸化炭素ガス、窒素ガスを主たる材料として、光合成と窒素固定により細胞の構成成分を自ら合成できる、独立栄養的と呼ばれる代謝経路を有します。これは、パン酵母など、日常生活に取り込まれている微生物の多くが、高価な有機炭素源やアミノ酸分解物などを要する従属栄養的な増殖を行うのと対照的です。また、紅色非硫黄光合成細菌は、アミノ酸、ビタミン、抗酸化作用を示すカロテノイド色素などの有用な物質の含有量が高いことから、菌体自体を農業用肥料や漁業用飼料へ応用できると期待されています。さらに、廃棄時における環境への負荷が少ない生分解性を有するプラスチックを合成する代謝経路も有するため、生分解性プラスチックの大量生産のツールとしての役割も期待されています。紅色非硫黄光合成細菌の独立栄養的な代謝経路を活用した物質生産方法は、従来法よりも環境負荷を大きく低減するものの、独立栄養条件下では増殖速度が遅いといった理由のため、酢酸、ピルビン酸、リンゴ酸などの安価な有機炭素源を用いた従属栄養的な菌体増殖の研究が現在主流となっています。独立栄養時の紅色非硫黄光合成細菌の代謝経路が複雑で未解明な点が多いことも、独立栄養的な培養を軸とした研究の進展を妨げる原因となっています。
そこで、今回、共同研究グループは海洋性の紅色非硫黄光合成細菌(R. sulfidophilum)を、無機炭素源(光合成条件下)または有機炭素源を用いて、独立栄養的または従属栄養的に培養したときの窒素固定化効率、および固定化された窒素が各種アミノ酸の合成に使用される効率について解析し、これらが、当該微生物の菌体数の増加とどのように関連しているか明らかにすることにしました。
研究手法と成果
微生物の主要な構成因子であるタンパク質は、多数のアミノ酸から成る高分子化合物です。そのアミノ酸は炭素骨格とアミノ態窒素を主要な構成成分とするため、炭素源や窒素源の代謝と微生物の増殖とは密接な関係にあります。窒素ガスを窒素源として、また、無機炭素源(炭酸水素ナトリウム)または有機炭素源(リンゴ酸)を炭素源としたときのR. sulfidophilumの増殖速度を測定しました。その結果、培養3日目に、有機炭素源を用いた場合は、無機炭素源を用いた場合と比較して約2倍高い増殖を示しました(図1a)。このときの窒素固定化酵素活性を測定したところ、培養期間全体を通して、無機炭素源を用いた場合は有機炭素源の場合と比較して80~86%程度、活性が抑制されました(図1b)。このため、R. sulfidophilumは、窒素固定時に有機炭素源を用いた従属栄養的な培養を好むことが示されました。
図1 独立または従属栄養条件における細胞増殖と窒素固定化能
無機炭素源(炭酸水素ナトリウム)または有機炭素源(リンゴ酸)を用いたときのR. sulfidophilumの増殖(a)と窒素固定化酵素の活性(b)を測定。培養は遠赤外線光(730 ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル))の光を連続して照射(20 W/m2)し、30℃の温度で3日間行った。窒素固定化酵素の基質には、アセチレンを用いた(窒素固定化酵素によってアセチレンが還元されて生じるエチレンを定量化)。**、または***は無機炭素源と有機炭素源を用いた条件間において、統計的優位差があることを示している。
また、有機炭素源(リンゴ酸)(図2a)または無機炭素源(炭酸水素ナトリウム)(図2b)を使用したときの、固定化された窒素(アンモニウムイオン)がアミノ酸へ取り込まれる効率を、ガスクロマトグラフ質量分析計[8]で得た同位体[9]窒素15N量を用いて解析したところ、測定した全てのアミノ酸種において、15Nの取り込み効率は、有機炭素源の場合と比較して、無機炭素源を用いた場合に減少しました(図2a、b)。
一方、無機炭素源を用いた場合に対する、有機炭素源を用いた場合の15N取り込み効率の倍率変化(図2c)を求めたところ、培養1日目においては、アミノ酸の種類によって違いがあり、最大で約3倍の差が見られました。この倍率変化は培養日数が経過するにつれて減少し、3日目においては、アミノ酸の種類による大きな違いは示されませんでした。これらは培養2日目以降に窒素源(窒素ガス)が枯渇し始めていることを示唆するとともに、培養1日目における15Nの取り込み効率に大きな差を示したアミノ酸(セリン、アラニン、グリシン)は、有機炭素源(リンゴ酸)を使用したときの増殖速度の増加に関連するアミノ酸であると推測しています(図2c)。

図2 独立または従属栄養条件における各種アミノ酸の合成効率
リンゴ酸(a)または炭酸水素ナトリウム(b)を用いた場合の、各種アミノ酸の15Nの取り込み効率。ガスクロマトグラフ質量分析計によってそれぞれのアミノ酸における14Nと15N量を解析し、N全体量を1としたときの15Nの相対値(%)を計算することで、15Nの取り込み効率を得た。(a)-下図と (b)-下図に示すように、炭素源が異なっても作用する経路は同じであるが、誘導効率は異なると推測される。(a)-下図における太い矢印は、リンゴ酸を炭素源とした場合に効率が増加すると強く推測される経路を示す。(a)の値を(b)の値で割り、無機炭素源を用いた場合に対する、有機炭素源を用いた場合の15N取り込み効率の倍率変化を求めた(c)。
今後の期待
今回、紅色非硫黄光合成細菌において、窒素源の代謝が炭素源と連動して制御されており、これが細胞増殖に関連していることが示されました。無機炭素源使用時は光合成によって供給される有機炭素源の合成量が低くなり、クエン酸回路[10]への供給が不十分となるため、アミノ酸合成に要する炭素骨格の合成量が低下し、それに伴って、窒素固定化酵素によって供給されるアンモニウムイオンの必要量が減少する、つまり、細胞内で利用できる有機炭素源の濃度に応じて窒素固定化酵素の活性が制御されると推測しています。そのため、無機炭素源を用いた場合の光合成の誘導効率の増加が今後の課題と考えます。光合成は光の強度や波長、照射時間によって効率が大きく変化するので、これらの要因とR. sulfidophilumの光合成効率との関連性について解析したいと思います。また、窒素固定化酵素の活性の上昇も、光合成の誘導効率の増加につながると考えています。海洋性の窒素固定細菌は、リン酸塩や金属元素の濃度などによって窒素固定効率や増殖が影響を受けるので、これらの因子がR. sulfidophilumに対しても同様の効果を示すかどうか解析する予定です。これらの点の検証により、光合成と窒素固定の両方の効率を増加させ、持続可能な物質生産が達成できると期待しています。
本研究成果は、国際連合が定めた17の目標「持続可能な開発目標(SDGs)[11]」のうち、「12. 持続可能な生産消費形態を確保する」「13. 気候変動及びその影響を軽減するための緊急対策を講じる」「14. 持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用する」への貢献につながるものです。
補足説明
1.紅色非硫黄光合成細菌通性嫌気性菌。非酸素発生型の光合成を行う。カロテノイドを含有しているため、褐色や紅色を示す。淡水と海水で見いだされる。窒素固定能を有するものが多い。
2.生分解性プラスチック
微生物が消費できるプラスチック。微生物により最終的に水や二酸化炭素にまで分解される。
3.持続可能な物質生産
環境に対する負荷を減らした物質生産。例えば下記の点を考慮した物質生産。
1)リサイクルなどにより、資源を効率的に使用
2)排出ガスや廃棄物を減らした物質生産プロセスを使用
3)生物由来の材料を用いることで、廃棄時における環境への負荷を低減
4.光合成
光エネルギーと二酸化炭素(無機炭素)から有機化合物を合成する反応。
5.窒素固定
窒素固定化酵素の活性により、窒素ガスからアンモニウムイオンを合成する反応。
6.独立栄養
二酸化炭素などの無機化合物から、光や化学エネルギーを利用して生体に必要な有機化合物を全て合成できる能力。それを持つ生物を独立栄養生物という。
7.従属栄養
独立栄養生物、あるいは他の従属栄養生物を摂取することで有機化合物を獲得する能力。それを持つ生物を従属栄養生物という。
8.ガスクロマトグラフ質量分析計
ガスクロマトグラフによりサンプルを分離した後、質量分析計により定性、定量する装置。
9.同位体
原子番号(陽子の数)が同じであっても、中性子の数が異なる原子。
10.クエン酸回路
有機物を酸化してエネルギーと電子伝達物質を産生する代謝経路。アミノ酸の前駆体の合成にも関与。
11.持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17の目標から構成され、地球上の誰ひとりとして取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省のホームページから一部改変して転載)。
共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム
チームディレクター 沼田 圭司(ヌマタ・ケイジ)
(京都大学大学院 工学研究科 教授)
細胞生産研究チーム
上級研究員 白井 智量(シライ・トモカズ)
(理研 最先端プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 バトンゾーン推進プログラム 微生物ケミカル生産研究チーム 副チームディレクター)
チームディレクター 近藤 昭彦(コンドウ・アキヒコ)
京都大学 大学院工学研究科
特定研究員 鈴木 美紀(スズキ・ミキ)
特定助教 シャミタ・ラオ・モレーヤギ(Shamitha Rao Morey-Yagi)
(理研 環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム 客員研究員)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)「ゼロカーボンバイオ産業創出による資源循環共創拠点(プロジェクトリーダー:沼田圭司)」、同戦略的創造研究推進事業総括実施型研究ERATO「沼田オルガネラ反応クラスタープロジェクト(研究総括:沼田圭司)」による助成を受けて行われました。原論文情報
Miki Suzuki, Tomokazu Shirai, Shamitha Rao Morey-Yagi, Akihiko Kondo, and Keiji Numata, "Evaluation of nitrogen fixation in the marine purple photosynthetic bacterium Rhodovulum sulfidophilum under autotrophic and heterotrophic conditions",Scientific Reports,10.1038/s41598-025-03605-4発表者
理化学研究所環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チーム
チームディレクター 沼田圭司(ヌマタ・ケイジ)
(京都大学 大学院工学研究科 教授)
細胞生産研究チーム
上級研究員 白井 智量(シライ・トモカズ)
京都大学 大学院工学研究科
特定研究員 鈴木 美紀(スズキ・ミキ)
問い合わせ先
報道担当
理化学研究所 広報部 報道担当お問い合わせフォーム
京都大学 広報室 国際広報班
Tel: 075-753-5729
Email: comms@mail2.adm.kyoto-u.ac.jp
理化学研究所 研究