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大阪大学 研究Discovery Saga
2025年5月27日

炭素線の瞬間的大線量照射で 正常組織を守る条件を発見

副作用の少ないがん治療へ前進!

【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
複合領域環境学数物系科学工学医歯薬学
【持続可能な開発目標(SDGs)】
【Sagaキーワード】
粒子線治療/酸素濃度/陽子/持続可能/持続可能な開発/LET/重粒子線/放射線治療/免疫染色/線維芽細胞/がん治療/上皮細胞/低酸素/副作用/遺伝子/唾液/放射線
2025-5-23●生命科学・医学系医学系研究科教授小川 和彦

発表のポイント

細胞に対して、超短時間かつ高線量の炭素線照射を行い、細胞生残率が増加する(正常組織への障害を抑えられる)照射条件を発見。
がん放射線治療において超短時間に高線量を照射することによるFLASH効果が注目されているが、炭素線を瞬間的に高線量照射できる実験環境は世界的に乏しく、超高線量率炭素線照射による細胞生残率を増加させる条件についてはよく分かっていなかった。
医療用のシンクロトロンに新たな照射モードを開発することで、超短時間の高強度炭素線照射を実現した。
炭素線を用いた副作用の少ない革新的ながん治療法(FLASH炭素線治療)への応用に期待。

発表概要

大阪大学大学院医学系研究科放射線治療学 小川和彦 教授、株式会社 日立ハイテク(以下、日立ハイテク)、大阪重粒子線センターらの研究グループは、超短時間炭素線照射で細胞生残率が増加する条件を発見しました。
炭素線治療はがんの放射線治療法のひとつです。近年、通常線量率の400倍以上の超高線量率照射では、腫瘍の局所制御率を維持しつつ正常組織への障害を抑えられる(=細胞生残率が増加する)「FLASH効果」が報告されています。この現象は低酸素下で起こると考えられており、またX線や陽子線より破壊力が強力(=高LET)な炭素線でこの現象が起こるか分かっていなかったことから、超短時間炭素線照射による細胞生残率の増加について、これまで学術的な実証はほとんど報告されていませんでした。
今回、研究グループは、炭素線治療に使用されている医療用のシンクロトロンを用いて、3つの細胞種に対して異なるLETと酸素濃度で、高線量を超短時間で照射することにより、照射条件によって細胞生残率の増加の程度が変わることを実証しました。これにより、より副作用の少ないがん治療法(FLASH炭素線治療)への応用が期待されます。
本研究成果は、2025年3月5日(水)(日本時間)に英文科学誌「Anticancer Reserach」に、公開されました。

図1. 細胞生残率の比較。同じ照射条件(細胞、LET、酸素濃度、線量)において、超高線量率(uHDR,赤)の方が通常線量率(NDR,青)よりも生き残った細胞数が多い(sparing effect)。シャーレ写真(右)でもコロニー数の差が顕著に表れている。

研究の背景

炭素線は、ある深さにおいて最も強く作用し、一定の深さ以上には作用しないという物理学的特性(ブラッグピーク)と細胞に対してX線や陽子線より破壊力が強いという生物学的特性を合わせ持っています。その特性をがん治療に活かしたものが炭素線治療です。深部にある腫瘍への線量集中性を高めつつ、より強力にがんを破壊できるため、がんの放射線治療法の1つとして注目されています。一方、腫瘍を取り巻く健常な組織に悪影響を与えないために、照射には線量の上限が設定されています。この上限により、腫瘍への投与線量を減らさざるを得ない事例や、炭素線治療を諦めなければならない事例が存在します。炭素線治療の効果を更に高めるためには、健常な組織への線量を一層抑える照射方法の開発が急務となっています。
近年の放射線治療分野において、単位時間あたりの照射線量が極めて高い照射(通常の線量率の400倍超)では、腫瘍に対する局所制御率を保ちながら健常組織への悪影響を軽減できる現象(細胞の生存率向上)が観察されています。この放射線を一瞬で照射することで起こる現象は「FLASH効果」と称され、国際的に多大な関心を集めています。
従来、瞬時の炭素線照射による細胞の生存率向上は酸素濃度の低い環境でのみ確認されていました。また、X線や陽子線と比較して破壊力が強い(=高LET)炭素線において、この現象の発生については不明確でした。そのため、高LETの特性を持つ炭素線で、照射の条件により細胞生存率の上昇度合いが異なることが確認されれば、FLASH効果の発生機序の解明が進むと考えられています。しかし、炭素線を一瞬で大量に照射できる実験設備は国際的に少ないため、超高線量率の炭素線照射が細胞生存率を高める条件については十分に解明されていません。

研究の内容

今回、研究グループは、医療用シンクロトロンを用いて、3つの細胞種に対して異なるLETと酸素濃度で、高線量を超短時間で照射することにより、照射条件によって超短時間炭素線照射で細胞生残率が増加する条件を発見しました。
これまでの医療用シンクロトロンには超高線量率照射モードがなく、研究グループは2023年にmonochromatic beam modeを開発し、短時間に高強度炭素線を発生させることを実証しました。この照射システムを用いて超高線量率での炭素線照射を実施しました。
大阪大学大学院医学系研究科放射線治療学の八木雅史招へい教員(※論文発表時 重粒子線治療学寄附講座 寄附講座助教)と重粒子線治療学寄附講座の清水伸一寄附講座教授らが照射領域の物理的分析を行い、実験に必要な照射条件が満たされていることを確認しました。加えて、大阪大学大学院医学系研究科 保健学専攻の皆巳和賢 准教授らがコロニー形成アッセイを実施し、線量率100Gy/s及び線量6.5Gyを超える条件下で、細胞の生存率が上昇することが判明しました。生存率の上昇はより高いLETかつ低酸素状態で顕著となることが明らかになり、この現象は腫瘍細胞(HSGc-C5:唾液腺癌細胞)及び正常細胞(HDF:ヒト皮膚線維芽細胞、Nuli-1:気管支由来上皮細胞)の両方で確認されました。さらに、免疫染色により遺伝子への損傷が減少していることも確認されました。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、FLASH効果が起こるメカニズムの理解を深めるとともに、より副作用の少ないがん治療法(FLASH炭素線治療)への応用が期待されます。FLASH炭素線治療では、炭素線の腫瘍への高い線量集中性という物理学的特性及びX線や陽子線より細胞に対する破壊力が強いという生物学的特性に加え、FLASH効果による正常組織への障害の軽減という生物学的効果が相乗的に働くことで、今まで以上に高い局所制御率と低い副作用発生率が期待されています。

特記事項

本研究成果は、2025年3月5日(水)(日本時間)に英文科学誌「Anticancer Research」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“The Appropriate Conditions for the Cell Sparing (FLASH) Effect Exist in Ultra‐high Dose Rate Carbon Ion Irradiation”
著者名:KAZUMASA MINAMI1, MASASHI YAGI2*, KAZUKI FUJITA1, KANA NAGATA1, RYO HIDANI1, NORIAKI HAMATANI3, TOSHIRO TSUBOUCHI3, MASAAKI TAKASHINA3, MASUMI UMEZAWA4, TAKUYA NOMURA4, MASAKI SHIMIZU4, YOSHIAKI KUWANA4, JIRO FUJIMOTO5, SHINICHI SHIMIZU2#, and KAZUHIKO OGAWA6#(*責任著者、#同等の寄与)
所属:
1. 大阪大学 大学院医学系研究科 保健学専攻生体物理工学講座
2. 大阪大学 大学院医学系研究科 重粒子線治療学寄附講座
3. 大阪重粒子線センター 放射線物理部
4. 株式会社 日立ハイテク
5. 大阪重粒子線センター 放射線科
6. 大阪大学 大学院医学系研究科 放射線治療学講座
DOI:https://doi.org/10.21873/anticanres.17483
本研究は、大阪大学大学院医学系研究科、株式会社 日立ハイテク、大阪重粒子線センター、大阪重粒子線施設管理株式会社、兵庫医科大学との共同研究の一環として行われました。またJSPS科研費22K07695、22H03025、22K07770の助成を受けました。

参考URL

大阪大学 大学院医学系研究科 放射線治療学講座
http://www.radonc.med.osaka-u.ac.jp
小川和彦 教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/735bbc5ade1d37b4.html
清水伸一 寄附講座教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/11a4301e79edfb41.html
皆巳和賢 准教授 研究者総覧
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/e9d374f08e29c47a.html
八木雅史 招へい教員
https://researchmap.jp/yagi-masashi

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