パーフルオロ化合物を捕捉する分子カプセル
100%の効率・選択性とその機構解明
【産学連携対象 全学共通分野 Discovery Saga】
【Sagaキーワード】
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2025年4月18日 公開
ポイント
芳香環骨格を持つ水溶性の分子カプセルを活用パーフルオロ化合物を100%効率・選択性で捕捉
カプセル骨格の微調整で選択性の切り替えに成功
結晶構造解析・理論計算による捕捉機構の解明
概要
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系の加井うらら大学院生(修士課程2年)と同 総合研究院 化学生命科学研究所の吉沢道人教授らは、独自の分子カプセルを活用することで、水中でパーフルオロ化合物[用語1]を高効率かつ高選択的に捕捉することに成功しました。パーフルオロ化合物は一般的な有機化合物と異なり、フッ素原子に由来する特徴的な性質を示すことから、材料や医薬などの分野で注目を集めています。しかし、その分子レベルでの相互作用には未解明な点が多くあります。また、従来の分子カプセルやケージでは、これらの化合物に対する捕捉力は低く、混合物からの回収や分離などの有効な方法は未開発でした。
そこで本研究では、芳香環パネルで囲まれたナノサイズ空間を有し、骨格の微調整が可能な分子カプセルを利用することで、パーフルオロ化合物の選択的な捕捉と相互作用の解明を目指しました。まず、白金イオンを骨格に含む分子カプセルが、水中・室温の条件で、パーフルオロ芳香族分子と類似のパーフルオロ脂肪族分子の混合物中から、前者を100%の効率および選択性で捕捉することを見出しました。また、同カプセルの内部骨格の一部を窒素に置換することで、大きさの異なるパーフルオロ芳香族分子の選択的な捕捉を達成しました。さらに、金属イオンをパラジウムに置換した同じ構造の分子カプセルを用いることで、パーフルオロ脂肪族分子の長さと形状の識別による100%選択的な捕捉にも成功しました。最後に、結晶構造と理論計算による精密な相互作用解析により、パーフルオロ化合物の捕捉メカニズムを解明しました。
本研究成果は、米国化学会が出版する注目の学術雑誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版に3月18日付で掲載されました。
背景
フッ素は、1770~1890年代にScheeleやMoissanらよって初めて同定・単離されて以来、材料や医薬などの分野で重要な役割を果たしています[参考文献1、2]。一般的な有機化合物(ベンゼンやヘキサンなど)の全ての水素をフッ素に置換したパーフルオロ化合物は、フッ素原子の大きな電気陰性度[用語2]や小さな誘電率[用語3]などに由来する、高い安定性と疎水性を有します[参考文献3]。また、フッ素は電子求引性の官能基であるため、パーフルオロ化合物であるパーフルオロ芳香族分子は中心部が正電荷(δ+)を帯びる一方で、パーフルオロ脂肪族分子は表面全体が負電荷(δ–)を帯びています(図1a)。こうした特異な性質のため、パーフルオロ化合物は分子レベルでの相互作用に未解明な点が多く、その制御が困難なため、回収や分離などの有効な方法はこれまで十分に開発されていませんでした。従来の研究で、分子カプセルやケージの活用が検討されていますが、それらのパーフルオロ化合物に対する捕捉力は低く、混合物からの選択的な捕捉や分離は実現していませんでした。2011年に本学の貴志礼文大学院生と吉沢道人准教授(当時)らは、二つの芳香環パネル(=アントラセン環)を含む分子パーツと金属イオンの自己集合[用語4]によって、新たな分子カプセル1 の作成に成功しました(図1b)[参考文献4]。このカプセルは水溶性で、合計八つの芳香環パネルに囲まれた 約1 nm直径の疎水性かつ球状の空間を有しています。また、金属イオン(M = PtまたはPd)や分子パーツの部分骨格(X = CHまたはN)を変更することで、空間の性質を微調整できます[参考文献5]。これらの分子カプセルは、フッ素を含まない化合物を捕捉する機能は持っていますが[参考文献6]、パーフルオロ化合物に対する機能は未開拓でした。本研究では、これら3種類の分子カプセルによる、水中・室温条件でのさまざまなパーフルオロ芳香族分子およびパープルオロ脂肪族分子の選択的な捕捉を実現するとともに、それらの分子レベルでの相互作用を解明しました。
研究成果
1. パーフルオロ芳香族分子の100%選択的捕捉
本研究ではまず、白金イオンを骨格に含む分子カプセル1aを用いて、パーフルオロ芳香族分子の選択的な捕捉を試みました。芳香族のパーフルオロナフタレン(FN)とこれに類似した骨格を持つ脂肪族のパーフルオロデカリン(FD)の混合物を、白金カプセル1aの水溶液に加え、室温で攪拌したところ、2分子のFNが100%の効率および選択性で1aに捕捉されました(図2a)。内包体1a•(FN)2の生成はNMRとMS測定で確認されました。捕捉されたFNは簡便な抽出操作で1aから取り出すことができます。FNを捕捉したカプセル1aの線結晶構造解析とNCI解析[用語5]をおこなったところ、カプセル内で2分子のFNが積層し、それらがさらに1aの二つの芳香環パネルに挟まれた4重積層構造の形成が判明しました(図2b、c)。この構造内では、電子供与性-受容性-受容性-供与性(ドナー-アクセプター-アクセプター-ドナー)の相互作用が効果的に働くことで、通常では積層しないFN-FN構造を安定化しています。これにより、分子カプセルでパーフルオロ化合物の芳香族と脂肪族の違いの厳密な識別が可能になりました。
次に、大きさの異なるパーフルオロ芳香族分子の選択的な捕捉に着目しました。白金カプセル1aの水溶液にFNとパーフルベンゼン(FB)を加えて同条件で攪拌した場合、FNの2分子内包体1a•(FN)2およびFNとFBの1:1内包体1a•(FN•FB)が、7:3の比率で生成しました。その結果、85%の選択性でFNが捕捉されました。この選択性の向上を目指して、1aの内部骨格の4箇所のCHをNに置換した白金カプセル1bを用いて、同条件で攪拌したところ、FNとFBの混合物中からFNを100%の効率および選択性で捕捉しました(図3)。これらの結果より、白金カプセルが有するパーフルオロ化合物の厳密な捕捉優先性(FN >> FB >> FD)が明らかになりました。
2. パーフルオロ脂肪族分子の100%選択的捕捉
パラジウムイオンを骨格に含む分子カプセル1c(図1b)を用いることで、分子の長さと形状の違いによるパーフルオロ脂肪族分子の高効率かつ高選択的な捕捉を実現しました。室温で不可逆な金属結合を持つ1aと異なり、可逆な結合を持つ1cは骨格に柔軟性があるため、嵩高いパーフルオロ脂肪族分子も捕捉できました。まず、6〜8個の炭素を含む直鎖状のパーフルオロアルカンの混合物と1cを水中・室温で攪拌することで、1分子のパーフルオロヘプタン(FHp)が100%の効率・選択性で捕捉されました(図4a)。この際に、内包体1c•FHpの形成はNMRとMS測定で確認されました。この優れた選択性は、フッ素を含まない直鎖状アルカンでは観測されないことから、剛直で直鎖状のパーフルオロアルカンに特有な、長さ相補的な識別現象と言えます(図4a)。
次に、パーフルオロアルカンの形状の識別に成功し、分子カプセル1cは直鎖状のFHpと環状のパーフルオロデカリン(FD)の混合物から後者のみを定量的に捕捉しました(図4b)。これらの混合実験により、カプセル1cによる捕捉の優先性(FD >> FHp >> FHx)が判明しました。内包体1c•FDの結晶構造解析とNCI解析(図4d、e)から、このFDに対する高い選択性は、カプセル空間の大きさと形状の相補性に加えて、空間内での多点の分子間相互作用(CF-π相互作用とCH-F水素結合)に起因することが示されました。
最後に、カプセル1aはFDとその水素置換体(デカリン)の混合物から、FDを優先的に捕捉しました(約90%の選択性)。従来の分子カプセルやケージでは、より相互作用の強い後者を選択的に捕捉するため、この現象も非常に興味深いものです。
社会的インパクトと今後の展開
本研究では、芳香環パネルで囲まれたナノ空間を特徴とする分子カプセルを活用することで、従来は不可能だったパーフルオロ化合物の捕捉を100%の効率と選択性で実現しました。今後、分子カプセルの空間設計をさらに進めることで、より複雑な混合物中から特定のパーフルオロ化合物の高効率・高選択的な回収や分離が可能になると期待できます。本分子カプセルの構造や機能を基盤として、官能基を持つパーフルオロ化合物(PFASなど)を効率的かつ選択的に捕捉できる分子道具の開発にも挑戦していきます。付記
本研究は、科学研究費助成事業(代表:吉沢道人 課題番号:JP22H00348、JP23K17913)などの⽀援を受けて⾏われました。参考文献
- [1]
- C. W. Scheele, Investigation of Fluoride and its Acid, Royal Swedish Academy of Sciences, 1771.
- [2]
- D. M. Yost, J. B. Hatcher,J. Chem. Educ. 1933,10, 330–337.
- [3]
- a) P. Kirsch,Modern Fluoroorganic Chemistry, Synthesis, Reactivity, Applications, Wiley-VCH, Germany, 2004; b) K. Reichenbächer, H. I. Süssa, J. Hulliger,Chem. Soc. Rev. 2005,34, 22–50.
- [4]
- a) N. Kishi, Z. Li, K. Yoza, M. Akita, M. Yoshizawa,J. Am. Chem. Soc. 2011,133, 11438–11441; b) Z. Li, N. Kishi, K. Yoza, M. Akita, M. Yoshizawa,Chem. Eur. J. 2012,18,8358–8365.
- [5]
- H. Dobashi, L. Catti, Y. Tanaka, M. Akita, M. Yoshizawa,Angew. Chem. Int. Ed. 2020,59, 11881–11885.
- [6]
- a) M. Yoshizawa, L. Catti,Acc. Chem. Res.2019, 52, 2392–2404; b) L. Catti, R. Sumida, M. Yoshizawa,Coord. Chem. Rev. 2022,460, 214460.
用語説明
- [用語1]
- パーフルオロ化合物:炭素上の全ての水素をフッ素に置き換えた分子。
- [用語2]
- 電気陰性度:原子が電子を引き寄せる強さの相対的な尺度。
水素:2.2、炭素:2.6、フッ素:4.0 - [用語3]
- 誘電率:物質が持つ固有の電荷の偏り(分極)の程度を示す数値。
- [用語4]
- 自己集合:複数の相互作用により、分子集合体を選択的に作製する手法。
- [用語5]
- NCI解析:量子化学計算による分子間相互作用を視覚化する解析法。
論文情報
- 掲載誌:
- Journal of the American Chemical Society(米国化学会)
- タイトル:
- Discrimination of Perfluorinated Arenes/Alkanes by Modulable Polyaromatic Capsules
- 著者:
- Urara Kai, Ryuki Sumida, Yuya Tanaka, Michito Yoshizawa*
(加井うらら、角田瑠輝、田中裕也、吉沢道人*) - DOI:
- 10.1021/jacs.5c00904
研究者プロフィール
加井 うらら Urara KAI
東京科学大学 物質理工学院 応用化学系 修士課程学生
研究分野:超分子化学
吉沢 道人 Michito YOSHIZAWA
東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所 教授
研究分野:超分子化学
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