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東京大学 研究Discovery Saga
2025年3月28日

完全大気圧下での軟X線光電子分光測定に成功

―基礎化学の解明から触媒や燃料電池の開発へー

  • 研究成果

  • 東京大学
    東北大学

    発表のポイント

  • 大気圧下での固/気界面の化学状態を直接分析することができる軟X線光電子分光装置の開発に世界で初めて成功しました。
  • 完全大気圧下での測定は歴史的に不可能とされてきましたが、3 GeV高輝度放射光NanoTerasuの高輝度な軟X線ビームによって実現することができました。
  • 本装置は触媒や燃料電池の機構の解明や材料の開発などに大きく貢献できます。
  • 発表概要

    東京大学の松田巌教授(兼:東北大学客員教授)は同大学大学院生和田哲弥氏と堀尾眞史助教らと東北大学山本達准教授と共同で、世界で初めて軟X線(注1)を用いた大気圧下光電子分光測定(注2)NanoTerasu(注3)にて成功しました。 NanoTerasuに設置された、世界初の大気圧下軟X線光電子分光装置 図1:1気圧の水素ガス下における金箔の光電子分光測定
    光エネルギー 800 eV(波長 1.55 nm)の軟X線を用いました
    本来、軟X線と電子は真空中でしか存在できないため、大気圧下での光電子分光測定は不可能でした。しかし、現実に起きている反応や現象の多くは空気中など大気圧下であるため、実際の現象解明には大気圧下での測定が求められていました。そこで本研究では真空パイプから構成された軟X線導入路を用意してガス雰囲気下で軟X線が減衰し切る前に試料に照射できるようにしました。さらに電子分析器を大気圧測定まで耐えられるように改造し、また試料との距離を60 μm以下に近づけることで、十分な電子の信号を検出可能にしました。その結果、図1のように1気圧の水素ガス下での軟X線光電子分光測定を実現しました。本装置は大気圧下での固/気界面の化学状態を直接分析することができるため、触媒などの開発に大きく役立つことが期待されます。
    本成果は、日本応用物理学会のレター誌「Applied Physics Express」の3月26日付(現地時間)オンライン版に掲載されました。
    全文PDF

    発表内容

    東京大学物性研究所の松田巌教授(兼:東北大学客員教授)は同大学大学院理学系研究科物理学専攻大学院生の和田哲弥氏(同大学物性研究所)と堀尾眞史助教らと東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの山本達准教授と共同で、世界で初めて軟X線を用いた大気圧下光電子分光測定に成功しました。
    高いエネルギーの光を物質に照射すると電子が放出される「光電効果」が19世紀に発見され20世紀頭に物理学者Einstein博士によってその原理が解明されました。本現象は1960年頃から物質の分析法としての開発が進められ、化学者Siegbahn博士により「光電子分光法」として確立されました。本手法の光源にはX線管(注4)が広く使用されていますが、これは気体分子による吸収が大きい「軟X線」を発生します。一方、電子も気体分子と強く相互作用します。そのため、気体中で大きく減衰する「軟X線」と「電子」の両者を用いる光電子分光実験は伝統的に超高真空下(10-13 bar)で実施されてきました。
    軟X線光電子分光法は表面深さ1 nm以下で物質や材料表面の化学状態を直接分析することができます。21世紀の放射光(注5)技術の発展により、化学反応下の触媒表面などを「その場」観測する準大気圧下での測定法の開発が行われました。しかし最高性能の装置でも0.13 bar (約0.1気圧)が限界であり、大気圧下で起こる多くの反応に対応できない課題がありました。
    2024年に最新のNanoTerasuの運用が開始され、これまでにない高輝度な軟X線ビームを用いた実験が可能となりました。そこで本研究チームは本施設コアリションビームラインBL08Uの準大気圧光電子分光装置の高度化を行い、雰囲気ガス圧の上限を引き上げてきました。図2のように真空パイプから構成された軟X線導入路を用意し、さらに試料と電子分析器の距離を30 〜 60 μmまで近づけ、そして電子分析器を大気圧測定まで耐えるような差動排気型(注6)に改造しました。その結果、「軟X線」と「電子」がガス雰囲気中で減衰し切ることなく完全大気圧下での金試料の軟X線光電子分光測定に世界で初めて成功し(図1)、超高真空(10-3 bar)から大気圧(1 bar)の13桁に及ぶ圧力範囲での元素・化学種分析を可能にしました。
    今後、基礎化学の発展と触媒材料や燃料電池などの開発に活用されることが期待されます。
    本成果は、日本応用物理学会のレター誌『Applied Physics Express』に3月26日付(現地時間)で掲載されました。 図2:装置の内部の様子

    発表者・研究者等情報

  • 東京大学
  • 物性研究所
  • 松田 巌 教授(兼:東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター 客員教授)
  • 堀尾 眞史 助教

  • 大学院理学系研究科物理学専攻
  • 和田 哲弥 博士課程(東京大学物性研究所)


  • 東北大学
  • 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
  • 山本 達 准教授

  • 論文情報

  • 雑誌名:Applied Physics Express
  • 題 名:Soft X-ray photoelectron spectroscopy under real ambient pressure conditions(完全大気圧下での軟X線光電子分光測定)
  • 著者名:Tetsuya Wada, Masafumi Horio, Yifu Liu, Yu Murano, Haruto Sakurai, Toshihide Sumi, Masashige Miyamoto, Susumu Yamamoto, and Iwao Matsuda*
  • DOI:10.35848/1882-0786/adbda8
  • 研究助成

    本研究は、科研費「基盤研究(S)(課題番号:JP21H05012)」、「JST CREST(課題番号:JPMJCR21O4)」の支援により実施されました。
    また、本研究の一部は国立大学法人東北大学による3GeV 高輝度放射光施設 NanoTerasu 戦略的活用推進支援制度の支援を受けて実施されました。

    用語解説

    (注1)軟X線
    X線の中で光エネルギーが小さく(波長が長い)もので、範囲は100 〜 2000 eV (12.4 〜 0.62 nm)です。 気体分子の吸収が大きく、一般的に真空条件下で用います。
    (注2)光電子分光測定
    高いエネルギーの光を固体(表面)に照射すると電子が放出され、「光電効果」と呼ばれます。この電子のエネルギー位置から元素および化学種(酸化数など)を特定することができ、さらに電子の量から各成分を定量的に分析することができます。
    (注3)NanoTerasu
    宮城県仙台市青葉区の東北大学青葉山新キャンパスに建設された放射光施設です。2024年4月から運転を開始し、高輝度な軟X線ビームを利用できます。
    (注4)X線管
    X線を発生させる真空管のことで、コンパクトな構造から実験室の光電子分光装置に広く用いられています。
    (注5)放射光
    光速近くまで加速した荷電粒子(電子)を磁場で曲げられることで発生させる電磁波です。SPring-8などの放射光施設では明るく指向性の高い高輝度なX線ビームを生成することができます。
    (注6)差動排気型
    電子分析器内の電子検出器や電極は真空中で維持する必要があります。そのため試料周りをガスで大気圧にした場合、電子分析器の入り口に真空ポンプを設けて分析器内部を真空に保つ必要があります。このような用途でガスを排気することを「差動排気」と呼びます。

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  • (公開日: 2025年03月27日)